正確には脚本家(志望)だけどね!
現状は脚本家志望だけど、心はプロ。
なので、
いつだってプロになれます。(迫真)
そのタイミングを決める主導権がこちら側にないだけなんよ。
ま、みんなそうよね。
新年一発目の記事があまりにも内容が薄かったので、濃い記事も書いていきたい。
先日、お付き合いのあったプロデューサーさんから、
「ふろゆ君、アクターズスクールに行ってみない?」
とお誘いを受けていて、行ってきました。
アクターズスクールって何? って人もいると思うんで簡単に書くけど、
シナリオスクールの役者さんバージョン。(直訳)
そんなところに脚本家が行って意味あんの? って思う人もいると思う。
まぁね。言いたいことは分かるよ。
でもさ、
思う前に動いてけ
これは声を大にして言いたい。
フットワークの軽さこそが脚本家に求められるものなのだと僕は前回、学んだ。
意味があるかどうかを考えるのは行った後に考えれば良い。
僕は正月いっぱい遊んでいたからね。それに比べればスクールに行く時間なんてたかが数時間よ。
その数時間から屁理屈こねて逃げて、そんなに大層な人生を歩んでんのかって皆に問いたい。
うん、これを今年の僕の抱負にしよう。
何事も前のめりに挑戦
フフッ。急に何を言っているんだ。
考える視点を変えてみても良い。
役者視点の学びをシナリオへ落とし込んで脚本家を目指す人って強いんでない?
そういう思考。
持ち味は多い方が絶対良い。
ポジティブに考えて動いていきまっしょい!
ちなみに今回お伺いしたアクターズスクール。
2人以上の紹介が必要な超閉鎖的なもので、
僕の場合はお誘いいただいたプロデューサーさんと、映画を一緒に見た女優さんから紹介を受けて参加でした。
あのあまりにも場違いすぎた映画鑑賞はこの布石だったのかな。
少しは認められたのかと思うと元気が出てきました。(感想)
アクターズスクールは座学の部での参加。
参加費用はなんと3時間で500円。
安すぎませんか???
都内、暴露しちゃえば渋谷で、ですよ。
某シナリオスクール云々は見習って欲しい。
お金の安さで全てを語るつもりはないけれど、あまりにも安すぎて、ここからプロを輩出してやるって気持ちを逆に感じたよ。
演技も執筆も、お金が絡むからややこしくなるわけで、本来非営利で然るべきもの。
なんかそういう、業界本来の姿が垣間見えたよね。
あるとこにはあるんだなぁ。こういうとこ。
ネットを調べて出てくるのは営利的なものばかりで、その中身についての言及はしないけど、本気で目指している人からするとちょっとウンザリしちゃうものばかり。
ま、そんなご時世に3時間500円の内容をネットで出した日には殺到してしまうか。
どちらにしても脚本家志望もとい僕は貧乏なんで500円は助かりました。
こういう時、
どうして脚本家を目指すようになったの? という質問に、
脚本家になってお金持ちになりたい
脚本家になって仕事を辞めて専業になりたい
こういう人たちが一定層いるのは重々承知だけど、自分とは違いすぎるなといつも思う。
いの一番にそれ!? と、衝撃を受ける。
このブログを書いていてコメント等々から、自分は業界に対して夢見がちな人間なんだって自覚はあるからね、こういう人たちの否定は全く出来ないけれど。
現実はお金がないと生きていけないんだよ
それは真にそうなんだろうけど、プロの脚本家を目指すならお金ではなく、
一番は「表現を求めて」いて欲しい。
だから良くも悪くもそういう現実志向を持った人たちには絶対勝ちたいと思っている。
勝ちたいっていうのは自分の方が面白いシナリオを書くっていう意味です。
これを読んで虫唾が走った人はスンマセン。
僕らは一生相容れないのだと思います。
アクターズスクールの参加人数は10人程度でした。
参加費1人500円。これが場所代をペイ出来ない完全赤字だということは経営学素人の僕でも分かる。
やっぱスゲーよ500円。
そう思っているのも束の間、講義開始。
開始早々に講師の方から、
「この中に役者以外の人はいますか?」
と聞かれて、
「ハイ」
と手を挙げたら僕だけだったという。
めっちゃ緊張した。
そうか、ここにいる人たちはみんな役者なんだ。
と、スゴイところに来てしまったなと一番に思ったよ。
でも珍しい存在だからこそ、これが強みになるなって思えたし来て良かったなって思えた。
ま、今になって思うと、こういうことを聞かれたってことはきっとこのブログ読者の中にも、同じスクールに連れていってもらえた人がいるんじゃなかろうか。
というね。
貴重な経験であることに変わりないけどね。
僕が参加した講義のテーマは、
「感情を動かす演技法」というもの。
視点はもちろん役者視点での講義なんだけど、シナリオスクールでそのまま使えるんじゃないかってくらいシナリオに通じた内容だった。
総括すると、役者さんの表現を妨げないシナリオを書くことが大事なんだって思ったね。
講義の内容をそのままココに書くのは許可を取っていないから書けないけれど、
このブログを読んでくれている人たちのために、
講義内の演技法をシナリオに落とし込んでみた僕の考察と解釈を少しだけ書いておきます。
・質問に対して質問で返すという技法を使うと緊張感が増す
例:
・元のシナリオ。
某一室で電話を取る刑事。
刑事「はい」
犯人の声「……金の用意は出来たのか?」
刑事「まだ出来ていない」
犯人の声「ハァ? 人質がどうなってもいいのか!」
電話越しに銃声。間髪入れずに人質の悲鳴。
犯人の声「1時間だ。1時間で用意しろ」
・緊張感増しシナリオ。
某一室で電話を取る刑事。
刑事「はい」
犯人の声「……金の用意は出来たのか?」
刑事「人質は無事なのか?」
犯人の声「無事? どうだろうな?」
電話越しに銃声。間髪入れずに人質の悲鳴。
犯人の声「1時間だ。1時間で用意しろ」
1本目より2本目の方が緊張感が増していませんか?
コレ、違いは繰り返して聞き返しているだけなんですよ。
で、この緊張感の違い。
10割増しと言っても良いレベルよね。
これを役者が学んでいるんですからね。
脚本家ももっと頑張らなきゃですよ。
役者志望より圧倒的に母数が少ないんだから、更にね。
・(感情移入の難しい)独特なラストを映えるようにするには、前半シーンで立場を変えて同じことを繰り返す。
視聴者への心の準備、反復による共感性の増加が見込めそう。
例:
仲睦まじい兄弟。
その兄を弟がラスト、殺害してしまう演出を映えさせるために、前半で兄弟にとって本当にどうしようもない(他人の)殺害シーンを加える。
(21回ヤンシナ大賞作:輪廻の雨)
これは一つのやり方かなって思う。
バッドエンドのシナリオが避けられがちな昨今。
そこにはラストで共感性を生み出し難いからって側面がある。
こういう工夫が一つあるだけで他のバッドエンド作品とは全然違って見えるんじゃないかなって思ったよ。
・脚本を貰って役者が最初にすることはト書きを消すこと
1ページ丸々ト書きのシナリオをたまに見るけれど、現場ではそのページ全部に縦線が入れられているかもしれませんよという怖いお知らせ。
これは語彙力のなさからト書きを上手に書けない僕にとっては朗報だけど、それでも怖いなって思う。
やっぱり脚本は「セリフが大事」という役者視点からの裏付けだね。
とまぁ、こんな感じで。
他にも色々濃い内容があったんだけど、書きすぎると(業界から)消されるかもしれないのでご勘弁を。
僕が面白いなって思えたのは、
脳の構造や視覚情報の伝達順序から考える効率的な演技(≒シナリオ執筆)法かな。
大脳新皮質の役割とかさ、絶対シナリオスクールじゃやらないでしょ!笑
でも、意外にもなるほどなーって思えたと言うね。
「脳科学から書くシナリオ術」
そういう本を書いたら売れるかもしれないね。
まぁ、そんな感じの濃い3時間でした。
役者さんのパワーもスゲーなって思ったよ。
脚本家も負けてらんねえ!
ちなみに二次会もあったんで初参加で図々しくも行ってきました。
会場の喫茶店で空いた席に着く。
両サイド女の子
アクターズスクールの参加、女の子が多めだったからこの配置は仕方なかったんだけど、
いったい何を話せば良いのだろうか
……。
落ち着け、俺。
ひとまず3分くらいウーロン茶を飲んで様子を見る。
両サイド、無言。
こういうことを書くと役者さんたちにしばき殺されそうだけど、
役者さんってコミュ力が最強な人たち
って思ってた。
役者さんにだって人見知りする人がいる。
うん、当たり前だ。
ただし、僕と話したくないという可能性は除外する。
逆の設定を被せることはシナリオの基本。
超ビビりな警察官。
性格の良い詐欺師。
人見知りな役者。
これは現実でも大いにあることなんだよ。
ふむ。
ここは男になるっきゃねぇよな!?
脚本家に必要なものは何か? コミュ力?
違うね。
何からも、誰からも学ぼうという姿勢だよ。
一瞬一時を無駄にしないという心構え。
人生とは即ち、「学び」の連鎖である。byふろゆ
(脳内回想オシマイ)
よっしゃ、行くぜ。
ふろゆ「あの、お二方は女優さんであられますか?」
OK。完全にやらかした。
3分間ウーロン茶を飲んでいただけの脚本家志望が、急に話し始めてコレ。
恐怖しかない。第一日本語がおかしいし。
何語? 麻呂語?
しかも両サイド同時に話しかけたもんだから、キョロキョロしてしまっている。
完全に挙動不審の変質者である。
……でもさ、考えてみてほしい。
両サイドが女の子なのよ? しかも女優さん。
片方にだけ話しかけると品定めののちに話しかけたみたいで「何コイツ」ってならない?
だったら挙動不審スタイルで自分のお株を下げた方がマシでしょ。
というイケメン紳士思考。
これで両サイドからガン無視を決めこまれた日にはコミュ障爆発して二時間ウーロン茶グビグビエンドですよ。
……ゴクリ。
女優A「そうですー。役者やってますー」
女優B「は、はい~。私もー」
よっしゃ、ノッてきた。
リアクションアリ!
どうやら僕はまだ現世に生きていて良いらしい。
でも、よくよく考えてみると、アクターズスクールに来ているんだから役者であることは当たり前なんよな。
何一つ不思議に思わず聞いてしまった己のチンパン具合を思い返すと泣けてくる。
で、ここで話の流れに逆らわずに、
ふろゆ「あ、そうなんですかぁ」
と返してしまうと、どうなるか。
女優A・B「はいー」
ふろゆ「……」
これはつまり、ウーロン茶エンドを迎えることとなる。
想像力が豊かな脚本家ならこれは読めねばならない。
そして、同時に何としても避けねばならない世界線。
何よりも自分から話を振っておいてウーロン茶ダンマリでは糞ダサすぎて夢見が悪すぎる。
そこで講じる案。
ふろゆ「ハハ。僕は脚本家志望なんですよ。いやぁ、初参加でしたが今日は学びに学びでーエヘヘ!」
笑顔で誤魔化す作戦。
しかし、これは布石なのだ。
「あ、コイツ良いやつかもしれない」そう思わせつつ、場の雰囲気を和やかにする。
皆が話しやすい環境作り、その布石なんだ。
心臓バクバクなところをウーロン茶を飲んで一息つかせつつ余裕ある感を振り撒いて、すかさず次のステップに移行する。
ふろゆ「ところでお二人はどうして役者に?」
モテる秘訣は「聞き上手」。
これを公言する人間は総じてモテないということを僕は知っている。
でも、それしか知識がない僕にとってはこんな鈍ら刀でも伝家の宝刀なのである。
女優さんたちから役者になった動機を聞き出す様はまるで、そう、全裸監督のようだった。
ふろゆ「ナイスですね~」
言いたい。
ナイスですね~
言いたい。
いや、もういっそ顔面山田孝之になりたい。
この一時で良い。山田孝之に、俺は……。
と思っている内に講師の方が到着。席に着き、その場を仕切り始めた。
どうやら僕が頑張らずともウーロン茶エンドにはならなかったらしい。
頑張り損というオチ。チャレンジ精神だけは褒めたって……。
その後は講師の方のお話を聞いて二次会は終了。
帰路に着く。
いやぁ……
濃厚な時間をありがとうございました。(月並み感)
最近はプロデューサーさんに色んなところに連れていってもらって、会わなかったであろう人たちと出会えて本当に幸せだ。
ただ、毎度のことながらコミュ障を試される機会が多い。
この日に限っていえば完全に挙動不審な変質者、いや、全裸監督だった。
反省しかない。
シナリオ術は日々高めているつもりだけど、こういう人間力はまだまだだなと痛感。
いい加減、自分のコミュスタイルを確立せねばなーと思った。
学生の頃は何気なく出来ていた初対面の絡み。
それを成人するとなぜかさっぱりと忘れてしまう。
でも、そんな僕でも今年は色んな人と関わっていきたい。
コミュ力が身に着いているとは全く思えないけれど、
どうやら僕は新しい出会いが「好き」らしい。
結果が全裸監督を演じただけでも、あの時間を楽しかったなって思えてるもん。
こうやって記事に書くくらいには楽しかったのよ。
2020年は人脈もチャレンジしていきたいね!