脚本の技術 思い出

【大阪シナセン】大阪のド真ん中で愛を貫ける槍を描く【メロメロドラマ】

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大阪メロメロドラマに応募した!

達筆なのはご愛嬌。

 

シナリオ・センター大阪校が主催の大阪メロメロドラマという公募に応募した。

郵送のコンクールだったため、原稿を持って郵便局へ。

「速達で送る場合だと500円、レターパックだと380円になるので袋を移した方がー」

と優しい局員さんにアドバイスを貰ったのだが、あえて茶封筒で発送した。

追跡番号があることや値段を考えると、レターパックを選ぶべきだ。

しかし、

『茶封筒で原稿を送る』

そこにこだわった。

厚みのある茶封筒で郵送する。

それって何だかプロっぽいじゃん?

表に思いっきり『シナリオコンクール宛て』と書かれているんだけどね。苦笑

 

最近はネット応募が増えて郵送する機会も少ないし、プロっぽいというゲン担ぎでたまにならと少し高くても茶封筒にしてみた。

僕は占いとか幽霊とか、そういうスピリチュアルなものは信じていない。

でも自分の意思で選択出来るどうでも良いことで、時に不合理な選択を取ることがある。

これだって単純な気まぐれからだ。

でも、そういうところが機械と人間の違いなのかなと思う。

人は効率や損得が全てじゃない。

 

そういう『人間臭さ』さえも封筒に乗せて応募したい……そう思ったんだよ 

byポエマーふろゆ

 

くっさ!!



 

さて、今回の大阪メロメロドラマ。

今は一本でも多く描き、力を身につけたい。

そんな想いから参加を決意した。

実はシナセン主催の公募参加は初めてだったりする。

初めてだからかヤンシナやテレ朝、NHK創作の応募時よりも緊張している。

このコンクールは当然シナリオセンターの生徒が多く参加するであろうから、そういったところで結果を出して自信に繋げていきたいな。

どこのコンクールもレベルは高いが。苦笑

 

この大阪シナセンの公募には、少し条件があった。

今日はその話をメインに書いていこうと思う。

 

まず一つ目は、

ラブストーリー(メロメロドラマ)であること

 

そして二つ目は、

シナリオの舞台が大阪であること

だ。

 

この公募は30枚のドラマということで、色々書けるなーと多くのアイデアが思いついた。

ここで色々と思いつくのは僕の強みである。

ただ、思いついたアイデアの一つ一つが採用レベルに達しているかといえばそうでもなくて、実際のところはそのほとんどがボツになっていく。

で、結局残るのは一つないしは二つ。それも傍から見ればそこまで面白くないように映るアイデアだ。

そんな僕でも「アイデアマンふろゆ」と呼ばれるのだから不思議な世界である。

ここでアイデアマンではない脚本家志望の人たちは、普段どうしているのだろうか? と疑問にも思う。

一球入魂タイプがほとんどなのだろうか。

 

一年に出すコンクールを絞りまくったり、

一本の作品を色んなコンクールに回し続けたり。

 

思えばそういう人もいるっちゃいる。

受賞までの作戦としてはありかなーと思う。

プロになった後が辛そうに思えるけれど、プロになるまでがくっそ辛いから、これに関しては正直なんとも言えん。

それに脚本家は脚色が仕事のほとんど。

そうまことしやかに囁かれているから実は問題にならないのかなとも思う。

昔、誰か忘れたけどプロの脚本家先生が

「脚本家を目指している人が本当に描きたいことなんて最初一本か二本しかない」

と言っていたことが印象に残っている。

初めて描いた作品が受賞したり、ビギナーズラックで二次審査残っちゃいましたーという話をよく聞くことからも、本当にそうなのだろうなと思う。

ちなみにそれを聞いた当時の僕は、次から次へとアイデアが溢れ出ている気がしていて、その発言には懐疑的な態度を取っていた。

そういう意味では僕はずっとにわかアイデアマンだったんだなと思える。

真にアイデアマンを語るなら、誰よりも知見を広げて豊かな感性を育てていく他ない。

 

冒頭から話が逸れた。本題に戻る。

 

大阪ラブストーリー

 

これを30枚でどう描くかについて考える。

アクトジャム公募と同様に、条件の捉え方次第でだいぶ質の差が生まれると思う。

 

まず当然のことながら、「ラブストーリーとは何か」について考える必要がある。

そして、「大阪とは何か」である。

 

導入として、この二つはそれぞれを別個に考えるのではなく、組み合わせて考えた方が良いということ。

 

大阪で起こるラブストーリー。

大阪でしか起こらないラブストーリー。

 

この二つは似ているようで全然違う。

もちろん後者の方が独創的なシナリオが生まれる。

なので出来ることなら後者を理想形とした話にしたいところ。

 

この前提を踏まえた上で、ラブストーリーについて考えていく。

大阪のド真ん中で愛を貫くメロメロドラマを募集していると要項に書かれている以上は、

ドラマは『大阪』ではなく『ラブストーリー』を軸に考えるべきだ。

これを逆に書いてしまったら、書いた本人は奇をてらったつもりでも、ただの要項外となる。

脚本家志望あるあるのイキリだと思うので、よく確認していきたい。

メインプロットは必ずラブストーリー

そしてラブストーリーは、

最もポピュラーな「お付き合いを含んだ純愛物」

これだけに限定しても、

 

告白するまでの話

付き合って別れるまでの話

別れた後の話

 

と、思いつくだけで3パターンある。

どれも一組の男女の関係に因んでいる。

 

人を増やせば他にも、三角関係とか、恋を諦める話とか、男と別れさせる話とか、純愛物カテゴリーの中でも切り口はいくつかある。

どこまでを純愛と捉えるかはそれぞれの感性や価値観に寄るが。

これらを複合的に考えて、作品のストーリー、関係性を構成していく。

ここで、僕としてはせっかくの創作なのだから、普通の人とは少しズレた価値観を主題とすると面白くなるのかなと思う。

共感はドラマ内で生み出すもの。そう僕は考えているからね。

あれ、ちょっといいことを言った気がする。

でも本質的なことだと思う。

あくまで僕の創作論の話で、だけども。

 

続いて、大阪とは何か。

このコンクール最大の鬼門、『大阪をどう扱うか問題』もこれから解決していかなければならない。

メインプロットはラブストーリー。ここに大阪らしさを足して、よりドラマの魅力を強めていくわけだ。

この大阪メロメロドラマは、自由に描けるコンクールと比べると考えることがとても多く思えた。

描き終えてみて、かなり高いレベルが要求されている公募だったなぁと。

ここでまず、

関西弁を使えってことやな!!

となった人は着眼点がずれている。そうじゃない。

 

ドラマとは何か

 

この本質を考えた時、言語なんかどうでもいい。

アメリカでヒットしたものは大体が日本でもヒットする。

面白さを伝えることに、言葉は障害にならない。

勘違いして欲しくないのは、「関西弁」という題材自体は良いということだ。

でもこれはあくまで「題材」としての関西弁の話。

関西弁の使用どうこうでドラマの評価が変わることはないんじゃないかなと思う。

確かに関西弁を使えばシーンに大阪独特の味が出るし、大阪ならではの会話劇も生まれると思う。

ただ、それはドラマ的には+αの面白みを感じるトリックにしかならない。

ちなみに僕は、

棚から落ちたぼた餅の方がうまいと思いまんねん!!

みたいな下手な関西弁が多発する事故を恐れて標準語で書いた。

今気づいたけど関西弁を書いている時、脳内で服部平次が再生されるという驚愕の事実に気づいた。

か、かずはーー!!(CV.堀川りょう)

つーか平次の声優さん、ベジータと一緒なんだって。知らなかった。

また話が逸れた。ごめんなさい。

いやベジータて。笑

 

 

次に大阪らしさで出てくるのは、地名や建物、モノだ。

梅田とか、難波とか、大阪城、USJ、たこ焼き、くいだおれ人形etc。

大阪にほとんど行ったことがない僕でも分かる何かに由来した話は題材になりやすい。

こっちの方が関西弁よりはレッドオーシャンを感じるかな。

大阪ならではの何かを話の軸に置くだけで、大阪色が濃くドラマに出る。

これに関しては肯定も否定も出来ないといったところ。

ズルい言い方になるけれど、結局は起こるドラマ次第としか言えない。

 

そして最後。

大阪という概念の話。

概念と書くと難しく見えるけど、要はイメージのこと。

たとえば、

「大阪の人って○○だよね」

そういったイメージからドラマの中で大阪らしさを展開していく。

多分これが今日紹介した中では一番面白いものが描けるのかなーと思う。

なんと言っても軸に「人」があるからね。イメージの出所は「人」以外にない。

ドラマは「人」を描くもの。だから題材としての相性はかなり良い。

ただ、ドラマ的に描くにはアプローチが難しい題材でもある。

変に差別的に描いてしまうと「そうじゃねーだろ」と非難殺到間違いなしだ。

「男は強い」と描くだけで不快感が生じる現代だもの。

ちなみにここで

「男は生物学的に筋力が付きやすいから事実だ」

という反論は認められない。

こういったところは「人」を描く際に気をつけていきたいところ。

僕は現代のこの価値観の移り変わりは良い風潮だと思っている。

楽なことも大変なことも、綺麗なことも汚いことも、何でもみんなでやればいい。

その世界が仕上がった時、別の生き辛さも生まれてくるだろうけどね。

そこまでを想像すると、平等を美徳だとは決して思わない。

それでも、良い風潮だと思う。

 

 

ラブストーリー、そして大阪。

この二つを色んな角度から考えて、大阪のド真ん中で愛を貫けるような槍(ドラマ)を考えていく。

ラブストーリーの構成はほぼパターン化されていると言っても良い。

だからドラマの方で作家性を出すことが重要だと思った。

 

それが難しいのだけどね。

その難しいと言われているところをどう表現するか。

描き方を変えてみて思ったのは、難しいからこそ挑戦した方が良い。ということ。

難しいからと逃げてはいけない。

作家性は難しいの中から滲み出る。

今回の公募では、

 

大阪とは何か。

 

人とは何か。

 

そういった概念的なものと真摯に向き合わずして面白い作品は生まれないだろうな、と思った。

学びの多いコンクールだった。

挑戦した意義は大いにあったように思う。

 

大阪万歳٩(๑´3`๑)۶

 


 

今回の公募のルールには、今日の記事の内容以外にも枚数制限だったり脚本の書き方(書式etc)もあった。

でもそういう形式的なことは「守れよ」と言う他ない。

たとえば今年のNHK創作では50本近くが要項を守れず、審査対象とならなかった。

これは50本もの作品が読んでさえもらっていない。ということだ。

とても勿体ないなと思った。

割合だけで考えれば、この中の数本は二次三次までいける良作だ。

もしかしたら受賞もあったかもしれない。

こういったことは本当になくしていきたい。

過去に要項を間違えた経験からアドバイスをするのなら、ミスのほとんどは本人の性格的なものに由来すると僕は思っている。

脚本家にとって、いつだって敵は自分自身だということを肝に命じて描いていこう。(自戒)

 

まだ応募していない人のために、今回の公募で注意するべきポイントを書いておく。

・B5用紙 横置き縦書き

・表紙には「①シナリオ部門」とタイトルのみ(作者名は裏表紙)

・並べる順番

この辺りは特に留意していきたい。

そして最後、

・表紙、あらすじ、人物表、本文、裏表紙の順に綴じてください。

「綴じる」

つまり、穴を開けて紐を通せ。ということだ。

これは特に見落としがちだから、しっかりと綴じて応募しよう。

 

既に出した人の中には、綴じずにそのまま出した人もいるのかなと思う。

まあこれに関しては綴じてなくとも審査はされるような気がする。

 

 

たかが要項の一文。

 

でも、こういう見逃しがちなところを見落とさない力は必要な力だと僕は思う。

心情の細かな機微を描くために求められる技術に繋がるし、既存の作品も良作であればあるほどに何気ないワンシーンには必ず意味がある。

そういったシーンさえも見落としてしまうようでは、たかが要項どころではない。

自分に甘えないこと。見落としを極力なくすこと。

常に作家の目を持ち続けること。

 

頑張ってこ。

 

次は城戸!!!!!

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