雑記

風邪になって、このブログの意義を問う

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現在、38.1度。風邪をひきました。

誕生日の次の日からずっと寝込んでおります。

いきなりステーキを食べに行った時貰いました。

誕生日の次の日からだからまだマシね。

インフルエンザじゃありません。多分。

 


 

アァー。きつい!

咳は出るし鼻水は止まらないし喉は痛い……。

泣ける。

ここ数日はご飯を作る元気も何かを買いに行く元気もなくて、毎食カップラーメン生活。

侘しい。

ちょっと大げさだけどこう弱っていると、

このまま悪化して死んじゃったらどうなるんだろうって考えてしまう。

で、

とても怖くなる。

仮に今日、僕が死んでも地球は回っていくだろうし、その後も世界は平常運転なんだろうね。

で、次第に僕の存在は忘れ去られる。

当たり前過ぎることなんだけど、改めて考えてみるととても悲しい。

自分がすっごく小さく感じてしまう。いや、実際に小さいんだろうね。

世界の何億人もいる中での一人なんだから。

 

こういう時(死にそうな時)に思うのは、何で自分がブログを書いているのかということ。

きっとちっぽけな自分をどこかの誰かに知ってほしい。

僕という脚本家に恋焦がれている人間が生きていたという、「証」とはちょっと違うけれど、なんかそういう動機から書いているのかなって。

この日記を読んでいる貴方へ……

この日記が今、貴方に読まれているということは僕は既に死んでいるのでしょう。

~以下、死の間際の想い~

ドラマなんかで、こんな文面から始まる日記が出てくることがたまーにあるよね。

大体はクライマックスのシーン。もしくはファーストシーンで。

あれを書いている時の気持ちに近い。

ただ誰かに「僕という人間がいた」それだけを見てほしいんだよ。

その媒体が、普通は日記のところが僕の場合はたまたまブログだっただけなんじゃないかなって。

だからこのブログはそれに似た「遺書」っぽい。

寂しいね。

 

まだ死にたくないなぁ。

※ただの風邪です。

 


 

僕がこのブログを始めた頃に比べると、シナリオブログは増えてきたように思う。

中にはこれから始めるぞーって人もいて、良い機会なんで自分がブログを立ち上げた時ってどんなことを思っていたっけ?とそのルーツを考えてみた。

死にそうになって確信出来たんだけど、

僕は誰かに見てほしかった。

ブログは相手が不特定多数だから良いんだよね。どこかの誰か。僕のことを全く知らない誰かだから尚更良い。

そんな人に脚本家を目指して必死こいて歩んでいる自分を知ってほしい。

たとえそれが他人には滑稽に映ってもね。ありのままじゃなきゃ意味がないから。

ブログをやっている人の中にはシナリオについて成長したいとか勉強したいとかシナリオの人脈がほしいとかそういう理由もあるんだろうけど、

僕はそんな崇高なものは持っていなかったなぁって。

遺書は言い過ぎなんだけど、割と良い線をいってると思う。

原動力は何かって、きっと死ぬことばかりを考えていたあの頃があったからかな。

だから今も書き続けることが出来ている。

それにまだ、

生きているから

※何度も書きますがただの風邪です

 

みんなはどんな想いでブログを書くのかな。

シナリオ(脚本)も。

 

はぁ。

おセンチ真っ只中だね。

寝よ。

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