脚本の技術

「人が書けていない」ってシナリオ批評、それ実際はどうなの?

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最近思ったことがある。

 

あの作品、人が書けていないよねー

 

という批評。

 

一度は聞いたことがあるであろうその批評についてである。

ドラマにおける「人」って何なのだろうと考えさせられる。

 

極論で話すけれど、

リアリティを追求するならドキュメンタリーで良くね??

ということだ。

ドラマって嘘、まやかしの世界でしょ。

虚構と現実が入り交じって限りなく理想の世界に浸れるのがドラマ。

少なくとも僕はそういう認識。

そんなところで普通の人を書いたってつまらない。

つまり、「人を書けていない」それを「言葉の意味そのまま」で捉えてしまうとドツボにはまるんじゃないか、そう思ったんですよね。

最近そんな話を友だちと話す機会がありまして。

例えばコードギアスってアニメの「扇 要(おうぎ かなめ)」ってキャラクターね。

彼には友だちと話していて話弾んで相当笑えたから今回は一例として犠牲になってもらいます。

彼はこういう見た目をしているんだけど、

このキャラクターってそういう意味でしっかり「人」なのよ。

彼がやったことと言えば、

気持ちの赴くままの裏切り行為

です。

作中で"自分に"嘘をついたことは一度もないんじゃないかな。

すーっごく人間っぽいでしょ。人間っぽすぎて、もはや動物。

「裏切り」なんて人間以外やらないからね。

それもこの裏切りの中には信念だったり、色恋だったり、尊敬だったりがあってね。

さらにはそのどれもにきちんとした共感性が込められているんですよね。

つまり、「人が書けている」。

なんて素敵で魅力的なキャラクターなんでしょう

ってフツーは思いますよね?だって「人が書けてんだから」。

でも、実際はボロクソに嫌われているキャラクターなんですよね。僕も嫌いです。

扇に魅力?そんなもんねーよ!

逆に初対面の人に「○ね!」と命令してその場で実際に殺すルルーシュ(主人公)なんかはとっても人気があるんですよね。眼の前で血がブシャーってなって高笑いする主人公よ?

これだけ書くと「人」のすることじゃないよね。初対面の人に「○ね!」って……それ見て高笑い、どうかしてると思うよ。

でも人気。僕も魅力的と思ってる。

※一応書いておくけど、扇も扇で"最高の嫌われ役"という意味ではシナリオ上は「魅力的」なキャラクターではあるよ。僕は嫌いだけど。

 

結局さー、

「人が書けていない」だのなんだのって考えるだけ無駄だなぁって思ったんだよね。

ルルーシュは間違いなく「人」の道を踏み外しているじゃん。

そうじゃない。感情の変遷とかそういう部分での矛盾のことを言ってるんだって反論は分かるよ?

でもさ、

「僕ならこんなことをしない」

「普通の人はここでこういうことはやらない」

そういうのはドラマ内では違うと思ったんだよ。

それ認めちゃうと何も書けなくなっちゃうよ。考え方なんて十人十色なんだし。

だから「人が書けていない」って批評は単純に、

「キャラクターが」

「構成が」

「設定が」

「状況が」

「その他etcが」

つまらないと思った

それだけなんだよ。矛盾の話は置いておき。

その人の枠組みに収まらなかった、理想と違った、それだけってこと。

つまり実際は「決して人が書けていないわけではない」。あくまで"ドラマ的には"ね。

僕から言わせてもらえば、「人が書けていない」って、ドラマの批評の言葉の選定としては間違っていると思うんだよね。本質とは違うというか。

便利な言葉だからよく使われるけれど。

仮に言葉の意味そのまま、そこでキャラクターの情緒を汲み取って納得いく内容に直しても、きっと「面白くない」って返されるのがオチ。

だから、真っ直ぐに悩む必要は一切ないと思ってる。

逆にさ、

僕ら一般Peopleが普通はやらないような意味のわからないこと。

それこそ初対面の人に「○ね!」って言うくらい強烈なキャラクター。

こういうキャラクターはここで言う「人」ではないけれど、「魅力的」にはなり得るんだよね。

ドラマの世界上なら存在しても良いし、むしろそういうキャラクターだからこそ憧れの対象、魅力的になる可能性がある。

だって現実と嘘が入り交じるのがドラマなんだもの。

そういうキャラクターだから見たくなるんじゃん。

話の可能性だって広がるよ。

そのキャラクターにあった世界、状況を生み出しちゃえば良い。僕らは脚本家なんだから。

自分の常識の真逆を走った先、そこでの冒険って言うのかな。

自分で書いていて

これ正解かぁ?

と思えるくらいのクリエイティブ精神を持って書く勇気ね。

面白いものってそこにある気がする。

常軌を逸したシナリオやキャラクターたちの中にさ。

最近はNHKの創作テレビドラマ大賞の作品を書いているんだけど、今はその辺ですっごく迷ってる。

きちんとプロット通りだし、決して間違ってはいない。

でも「迷子」って表現は驚くほどに正しい。

だから、

いや、ここでこれはないだろ

って自分のシナリオに失笑しながら執筆している現状。

意味の分からない言動やシチュエーションが、

一周回って全然アリで書いちゃっている。

これがあっているかあっていないかなんて分からないよ。

だって自分でも分からずに書いているんだもの。

でもさ、枠組みなんて人それぞれっしょ。

どんな内容でもありえる人にはありえるんだよ。

面白ければ良し。現実的に実現し得る内容であれば良し。

設定するラインはこれだけ。

そのやり方で今、僕の人生史上一番良い作品が書けている気がする。

 

長きスランプ生活よ、さらば

 

過去にビギナーズラックで一次突破したって人、いるよね。

まぁ僕もその一人なんだけど、これは運じゃないと思ったんだよね。

ビギナー突破は僕以外にも相当数いる。

それもなぜか一本目や二本目だけ突破して、以降鳴かず飛ばずの人。

そういった人たち、マグレでここまでの母数は生まれないでしょ。

その内訳はビギナーってのは恐れを知らないから。

シナリオは学べば学ぶほど守りに入るからね。(経験談)

一周回ってというのはそういうこと。

この辺を掘り下げて考えると僕がスランプに陥った原因が分かる気する。

スランプな人の作品、今は何となく見分けがつくもん。

NHKが良いところまでいったらこれって結構な情報よね。希望者がいたら記事で書こうかな!いたらね!

 

まとめ。

自分がありえないと思う世界、積極的に開拓してこ!

 

 

初心忘れるべからず

物事を始めたときの謙虚な姿勢を忘れるなって意味だけど、始めた頃が実は一番傲慢なのが"脚本"という世界なんだろうね。

 

ふろゆ
良いこと言った気がする

 

「人が書けていない」という批評を言ったことがある人には、

「そういう意味じゃないよ」

と言われることは百も承知で、良い言葉だなと思えた今日この記事でしたとさ。

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